いのち・ことば・断章 のりこえるために

いのち・言葉 断章―乗り越えるために―  中村純

言葉がその人を選んで降りてくる。
言葉がふいに私をして書かしめる。
死者たちが、書かしめる。...
ある時代の流れの中で、言葉が、人に役割を求める。
今の政治状況も、その人をして、言わしめている。

言葉は乗り越えていくための創造である。


私たちは、時代を超える創造を、言葉によって為すことができる。
ナチス・ヒットラーの言葉を超えたのは、

フランクルやプリモレーヴィーや、チャップリンの言葉だった。
凌辱された女たちを立ち上がらせた言葉。
水俣病・原爆で破壊されたにんげんを立ち上がらせた言葉。
沖縄の声。

それは、痛みに満ちたその人自身の、にんげんの言葉だった。
反するだけでは超えられない。

 

破壊されたにんげんが、再生するときにたちあがる尊厳と深い人間性の輝き。

その輝きが未来を照らした。
もっとも痛んだ者が、もっとも希望であるという逆説。
而して、あなたはその痛みを引き受け、生き延びた。
人間性を破壊する言葉や制度を超えるのは、人間性を回復する言葉である。
時代の波を超えて行かれるかどうかの鍵は、言葉による創造にある。

 

ヘイトスピーチが象徴する時代の流れと空気。
超えられなければ、あの日の関東大震災の朝鮮人大虐殺。
超えられなければ、あの日の南京大虐殺。
超えられなければ、特攻隊の青年たちの行き場をなくした魂。

 

言葉が、死んだ、日。
殺戮に獣となった者たちには、人の叫びは聴こえず、

だれが加害者で被害者なのかもわからなくなる、地獄絵図。
言葉と名前を奪われたにんげんは、死すしかなかった。
奪った獣たちは、みずからもにんげんであることを忘れ、

言葉と名前を奪われた人たちが、にんげんであることが、わからなくなった。
屠られた朝鮮人も、中国人も、玉砕した特攻隊の青年も、

いのち尽きるとき、自分がだれだったか思い出しただろうか。


母親に抱かれ、名づけられた、日。
陽の光に驚いて、目をみはった、無垢な、いのち。
果たしていのち奪われたことを、思い出しただろうか。
あなたたちの魂は、彷徨ったまま、だ。

いま、時代の危機を察知した詩人に、

ことばを取り戻した死者たちが、土の底から語りかけ、詩人をして言わしめる。
痛むことを恐れるな、乗り越えるために。
にんげんの言葉を創造せよ、乗り越えるために。